ラマン分光測定装置を使用したPETフィルムの引張試験
PETフィルムの強度確認
PETフィルムとは
PETフィルムは、ポリエチレンテレフタレート(Polyethylene Terephthalate、略称:PET)を原料とするプラスチックフィルムです。その優れた特性から、ペットボトル、医薬品包装、食品容器、電気絶縁材料、液晶ディスプレイ、タッチパネル用光学フィルムなど、多岐にわたる分野で利用されています。特に、耐水性、電気絶縁性、高い透明度を備えており、現代社会の必需品となっています。
PETフィルムは、主にTダイ法と呼ばれる押出成形法でベースフィルムが製造されます。その後、延伸処理の有無や方法によって以下の3種類に分類されます。:
1. 一軸延伸PETフィルム:一方向(縦または横)に延伸処理を施したフィルム
2. 二軸延伸PETフィルム:縦方向と横方向の両方に延伸処理を施したフィルム
3. 無延伸PETフィルム:延伸処理を施さないフィルム
特に二軸延伸PETフィルムは、液晶テレビ用光学フィルム、食品包装、電子部品など、高強度と透明性が求められる用途で広く使用されています。
PETフィルムの延伸処理の重要性
延伸処理は、ベースフィルムに熱を加えながら一定方向に引っ張ることで、PET樹脂内の分子配列を整え、引張方向に並べる工程です。分子配列を整えることで、フィルムの機械的強度と透明性が向上します。これにより、ポリプロピレンやポリエステル、ナイロンなどの材料と同様に、フィルムの強度が大幅に向上します。
延伸倍率が高いほど分子配列が整い、強度や透明性が向上します。しかし、過度の延伸はフィルムの破断を招くため、最適な延伸条件を見極めることが重要です
引張試験について
従来の引張試験
従来の引張試験では、材料の機械的特性を評価するために、材料に引張荷重をかけ、その際の応力とひずみの関係を調べます。これにより、以下の情報を得ることができます:
変形特性
伸び: 材料が破断するまでの伸び率。材料の延性(伸びやすさ)を示します。
絞り: 材料が破断する際の断面積の減少率。材料の延性を示します。
弾性率(ヤング率): 材料の弾性変形領域における応力とひずみの比例定数。材料の硬さを示します。
強度特性
引張強さ: 材料が耐えられる最大の引張応力。材料の強度を表す指標の一つです。
降伏点: 材料が弾性変形から塑性変形に移行する際の応力。材料の変形しやすさを示します。
耐力: 永久ひずみを一定量生じさせる応力。降伏点が明確でない材料に用いられます。
しかし、従来の引張試験では、材料の機械的特性を評価することはできますが、分子レベルでの評価はできません。

引張試験について詳しい情報は、別のサイトをご覧ください。
分子レベルでの引張試験
延伸処理による分子配列の変化は、フィルムの機械的強度に直接影響を与えます。この変化を評価するため、分子レベルでの解析が不可欠です。分子レベルでの配向変化を詳細に観察するためには、高度な測定手法が必要です。代表的な測定装置には、以下のものがあります:
1. ラマン分光測定
2. X線回折測定
3. 赤外分光測定
4. 位相差測定
今回は、ラマン分光測定と引張ステージを組み合わせた分子配向の評価について紹介します。
ラマン分光測定による分子構造の解析
ラマンスペクトルの解析は、材料の分子構造や分子配向などの情報を得るために重要なプロセスです。以下に、ラマン分光測定の解析方法について説明します。
ラマンスペクトルの基本
ラマン分光法は、物質にレーザー光を照射し、散乱光の中に含まれるラマン散乱光を測定する手法です。ラマン散乱光は、分子の振動や回転に由来するエネルギー変化を反映しており、そのスペクトルから分子構造に関する情報を得ることができます。
ラマンスペクトルは、横軸に波数(cm-1)、縦軸に強度(Intensity)を取ります。各ピークは、特定の分子振動モードに対応しており、ピークの位置、強度、幅、形状などが解析の対象となります。


ラマン分光測定の歴史や詳しい情報は、別のサイトをご覧ください。
株式会社三弘の引張ステージ
株式会社三弘の引張ステージ「ISLシリーズ」は、小型で使いやすい設計が特徴です。多くのラマン分光測定装置と組み合わせて使用でき、引張距離や荷重、一時停止条件を設定することで、多様な条件での引張試験が可能です。一時停止中にラマン分光測定を行うことで、引張距離ごとのラマンスペクトルを簡単に取得できます。


株式会社三弘の引張ステージ「ISLシリーズ」の詳しい情報は、別のサイトをご覧ください。
引張ステージとラマン分光測定を用いた分子配向評価
ラマン分光測定と引張ステージを組み合わせることで、PETフィルムの延伸処理時の分子配列の変化を詳細に解析できます。具体的な手順は以下の通りです:
- 試料準備:PETフィルムを準備します。
- 引張ステージ設置:ラマン分光測定装置に引張ステージを取り付け、フィルムに引張荷重を加えます。
- 測定:ラマンスペクトルを取得します。
- 解析:得られたスペクトルから、分子構造や分子配向の変化を解析します。
引張試験の測定結果

引張荷重を加えた後のPETフィルムの顕微鏡画像です。引張荷重によって中心部の形状が変化したことが確認できます。
PETフィルムに引張荷重を加えた後の中心部のラマンスペクトルでは、1614 cm⁻¹と1725 cm⁻¹にピークが現れます。これらのピークの強度比(I 1725 / I 1624 )を解析することで、分子鎖の配向状態を評価できます。

このラマンバンド強度比をマップ表示すると、中心部の延伸した部分で強度比が大きくなっていることが確認できます。これは、中心部で分子鎖が強く配向していることを示しています。

まとめ
PETフィルムは、延伸処理により分子配列が整い、強度や透明性が向上します。ラマン分光測定と引張ステージを組み合わせることで、分子レベルでの配向変化を評価し、フィルムの機械的強度と分子配列の関係を明らかにすることが可能です。この評価手法は、高品質なPETフィルムの開発や製造プロセスの最適化に大きく貢献します。

二村 道也 名古屋市工業研究所 製品技術研究室 ; 顕微ラマン分光を用いた微小部ひずみ測定法 ;月刊名工研 ;2006-12
https://www.nmiri.city.nagoya.jp/wp-content/uploads/2023/02/671.pdf山口 綾香 福井大学 繊維・マテリアル研究センター ; 偏光ラマン分光法による配向評価技術の修得 ;福井大学工学部技術部活動報告集 ;2020-7
https://u-fukui.repo.nii.ac.jp/record/25199/files/bd10125645.pdf